サイドバー

「関連ページ・リンク」は折りたためます

文脈が「あなた」をつくる
―「参加型」情報サービス (コミュニケーション・サービス, CS) との付き合いかた―

千葉庄寿 (麗澤大学 外国語学部)
『大学生のための道徳教科書 モラルと学問』麗澤大学道徳科学教育センター発行, pp. 15-19.

コミュニケーションサービスとその特徴

インターネットを使った主要なサービスの一つであるWorld Wide Web (WWW)が誕生してから2009年で20年が過ぎました。現在のWWWには,当時とは比較にならない大量の情報が溢れ,今や閲覧だけでなく,私たち一人ひとりが「発信する」「参加する」メディアとしてもますます身近になってきています。ここでは,参加型メディアとしてのWWWとの付き合いかたを考えてみましょう。

Webページを作るための専門知識を必要としないしくみの導入がすすみ,またユーザが参加するタイプのサービスが増えたことで,WWWに情報を公開・発信することに対する敷居はますます低くなっています。古くからある掲示板(BBS)タイプのサービスをはじめ,「ブログ」blog (weblog)と呼ばれるWeb日記システム,YouTubeFlickr に代表される動画や写真・イラスト・音楽などマルチメディアデータの共有サービス,Facebookミクシィ (mixi) といった登録ユーザによるコミュニティサービスとしてのSNS (Social Network Service),Twitter に代表される「つぶやき」型のコミュニケーションサービスなど,今日インターネットを利用する人の多くは,これらのサービスのうちいくつかを何らかの形で利用したことがある(また実際に参加している)のではないかと思います。

権威ある放送メディアとは全く異なる一般市民の立場で発信される情報にも関わらず,そのようにして発せられたメッセージやコンテンツはしばしば驚くほど大きく取り上げられ,世界中の人々に驚きや癒しを与え,また社会に大きな影響を与えるようになってきています。同時に,これらのサービスは同じ関心をもつ人を,地域や年齢,性別を超えて結びつけたり,また逆に特定の地域の人たちの結びつきを強めるメッセンジャーとして機能します。2008年4月にエジプトで政府への抗議活動を撮影したため逮捕されたアメリカの大学院生が Twitter を使ってSOSを発信し,多くの人がそのメッセージを中継(フォロー)した結果釈放に至った例は,生きたメディアとしてのWWWの力を表す一つの例でしょう。

一方で,発信された情報が特定の個人や組織を中傷したり,逆に閲覧する人の反感を買ったりするなど,自分や第三者が不利益を被る結果になる事例が絶えないのも事実です。これにはどのような要因があるのでしょうか。ここでは,WWWの特性から2つの側面を指摘したいと思います。

まず,WWWは不特定多数が閲覧するメディアであることです。たとえ登録ユーザのみが閲覧できるサービスであっても,そこで発した「ひとりごと」は自分だけのメッセージではないのです。第2に,WWWは,たとえ編集したり削除したりすることができる情報であっても,引用やコピー,アーカイブを通じその記録が「残りつづける」可能性のあるメディアであることです。政府の機密情報であるはずの動画や資料が流出した事件を想起するとわかるように,一度配信されてしまった情報を完全に回収することは不可能です。あなたがWWWに投稿した内容を誰かが読み,引用し,記録していく―オリジナルは後で修正できるとしても,私たちは,自分が発信したメッセージの内容について,常に責任をもたなければなりません。

自分の感情を伝えたメッセージについて,冷静になってから振り返ると,思慮が足りなかった,短絡的だったと反省することもあるでしょう。また,自分のことばが思いがけず人を傷つけてしまったり,違った捉え方をされたり,誤解が生じたり,批判を受けてしまうこともあります。自分が発したメッセージに対して,人格を否定するようなコメントが(しばしば匿名で)浴びせられ,それが自分を精神的に深く傷つけてしまうこともないとは言えません。

文脈を書きしるす,ということ

メッセージを発することで生じるこのようなリスクを考えると,私たちは発言者として「完璧」でなくてはいけないように感じてしまうかもしれません。発信なんてしないほうがよい,と尻込みしてしまう人もいるでしょう。私たちは,WWWにおける情報発信において,何をよりどころとしたらよいでしょうか?そこで考えてほしいのが「文脈」です。

私たちはメッセージを伝えようとするとき,自分が何を感じたのか―つまり,その時の感情をまず伝えたいと思いがちです。しかし,そこには常に「文脈」が存在します。なぜそのように感じたか,そしてその感情を伝えることで相手に何を分かってほしいのか,伝えなければならないのは感情そのものではなく,実は文脈なのです。

私たちは,それがインターネットを介したものであっても,現実の社会におけるものでも,コミュニケーションを介して人間関係を構築します。現実社会においては,メッセージはことばだけでなく,表情や口調,その人の姿形など,さまざまな要素が文脈をつくるのに寄与します。しかし,例えば文字だけのコミュニティでは,文脈がしばしば失われ,生の感情だけが行き来することになってしまいがちなのです。

一つひとつの「文脈」はさらに,新しい文脈を含むメッセージをつむいでいくことで,より大きな文脈,つまり人間関係を作る基礎となります。この点で,インターネットという場であっても,現実社会であっても大きな違いはありません。「参加型」コミュニケーションサービスで得た,自分を表現する経験や,同じような関心をもつ人との交流をふまえ,新しく書き出すメッセージ(文脈)は,それ以前とは少しずつ違ったものになっていくはずです。

ポートフォリオとしてのコミュニケーションサービス

さて,このようにしてWWWに蓄積されたメッセージは,さらに,送り手である私たち自身に思いがけない意味をもってきます。つまり,私たちが書き綴った文脈を横断的に振り返ることのできる,私たちの思考の「記録」としての可能性です。

現在,学習や成長の過程を記録し,それを支援するためのしくみの検討が行われています。専門的に「ポートフォリオ」portfolioと呼ばれるこのしくみは,多くの場合,学生アドバイザーとして教師や就職支援担当者が活用するツールとして考えられているのですが,WWWに公開したメッセージの記録は,私たち自身が何を感じ,何を考えたか,その文脈を振り返るための一種のポートフォリオとして機能しうるのです。

ポートフォリオとしての参加型コミュニケーションサービスが貴重なのは,私たちがメッセージの中に,そる時の自分の感情ではなく,「文脈」,つまり私たちが思考した痕跡を辿ることができることです。また,その記録は,私たちが出会い,文脈を共有した人たちとの出会いと交流の記録でもあります。人は成長し,変わっていくもの。その時々で「完璧で正しい」メッセージを求める必要は決してありません―文脈が「あなた」を作っていくのです。

参加型コミュニケーション・サービスの代表例 (本文中で言及したもの)
  • Facebook - SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス) サイト。 解説:Wikipedia
  • Flickr - 写真共有サービス。コミュニティとしての機能も。 解説:Wikipedia
  • mixi (ミクシィ) - SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)。日本で提供されている SNS では最大の登録ID数をもつ。 解説:Wikipedia
  • Twitter - 短いメッセージ (ツイート tweet) を投稿できるコミュニケーション・サービス。 解説:Wikipedia
  • YouTube - 動画共有サービス。 解説:Wikipedia